現代における写真アートの〇〇派

過去の美術史を紐解くと、ある特定の流儀や考え方、作品発表をきっかけに〇〇派や△△主義という名称がつけられる歴史がアートにはあります。有名どころでは、

 

クロード・モネルノアールといった「印象派

ラファエロ以前の作風を求めたジョン・エヴァレット・ミレイ等の「ラファエル前派」

・地域名からフランソワ・ミレーなどの「バルビゾン派」(バルビゾン村)

・見る物を美化せずにありのままを見せるギュスターヴ・クールベ等の「写実主義

 

その他、キュビズムダダイズム、抽象主義、日本でも土門拳の演出を良しとしない「リアリズム」とかありました。

 

しかし今の現代アートでは、なんでもありの多様性の時代になったことで、○○主義的な芸術運動というのはなくなりましたが、あえて今あるアート、特に写真の分野で何か名称をつけてみたくなりました。今回はこれ。

 

「画質・解放主義」

解像度は4,000万画素超え、絞りはF2.0未満で撮るのが最高。ルネサンス期のように「何を描くのか」ではなく、また写実主義印象派のように「どう描くのか」でもなく、拡大した時にノイズが少ないことを良しとする流派。肖像画ポートレート)の世界では、主にモデルの撮影会で活躍し、目にジャストピントが来ることが称賛される時代でした。

しかし、その後「それは人ではなくカメラの性能でしょ?」や「瞳AFでピント自慢って意味ある?」と言われ、徐々に勢力を縮小させ、手のひらサイズの撮影機「スマートフォン」によって存在価値が下がり、絵画と違って使う道具、メーカー名や機材により人を分別する村社会だった時代と言えます。

 

「あとがき」

すみません。初回はなじみやすく遊んでみました。(^^;

写真に関してはかつて自分もそうでした(笑)。特にフィルム時代を知っている人ほどこの傾向にあるような気がしています。撮るものによりますが、超高画質であることのメリットより、ピントにシビア、室内含めた暗い場所の弱さ、そしてなによりPCの編集が大変というデメリットが遥かに大きくはないでしょうか。

人がカメラを使うのではなく、カメラに人が使われ苦労する時代にも見えます。